ちょうど京都大会ですので、恩師との京都大会を振り返ってみます。
流派東方不敗が京都大会に挑み始めたときは五段以上しか出場できませんでした。よって、以前記載したとおり、四段以上に条件が緩和されても五段を取得するまで出場しませんでした。
 恩師にはこの京都大会でいろんなことを教えていただきました。相変わらず、自分が引くときは「見に来るな!!」でしたが
 当時は、武道センターと京都御所の清寧館の二会場でしたので、行ったりきたりでした。それがまた楽しかったです。移動している時や競技・審査を見ているときに色々と薫陶を受けた気がします。弓道具に関しては、「いいものをたくさん見ろ。」弓技は「自分の試合の時は人の射を見るな。人の射を見るときはこういうところで名人の射を研究して、技を盗め」そして、流派東方不敗にそれとなく、技術的な説明を良くしてくれていました。「あの射手は有名人で、ここがうまい絶品だ。あれはここをこうしてこのように動かす」などなど。そして、結局はオーソドックスで、中央の指導に沿った弓引きが上に上がっていく、第一線で長く弓を引き続けていることを示唆してくれていました。
 また、待合の時間に地元地連の先生や、近隣地連の先生も良く紹介していただきました。京都大会は恩師の流派東方不敗への実践教育の場でした。
 ある時、「流派東方不敗よ、矢を買うから清寧館の方へいこう」と言われ弓具店廻りをしました。
暫くすると、何故か「これがいい、流派東方不敗よどう思うか?」と聞かれたのは、吟翠14キロ伸「先生、矢買うんじゃ無かったですか?」「しかも14キロって、今18キロ位じゃないですか。」
 「年取って体力が落ちたらこれを引く」「吟翠なら、別に今買わなくても何時でもあるだろうに・・・」と思いましたが、成りは良かったし、「どうぞお買い求めになってください」という感じでした。たぶん、先生が最後に購入した弓だと思います。そして、最後の京都大会になったと記憶しています。最後の弓をしかも、弱い弓を購入したのは、何か思うところ、感ずるところがあったのでしょうか。
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