2014.08.14 恩師の旅立ち
コーチから仕事中に電話が鳴った。普段、電話をしてくるのは勤務時間終了後なのに、嫌な予感がした。コーチに連絡すると、最悪の知らせだった。「流派東方不敗よ、恩師が亡くなったよ・・・」
目の前が真っ暗になった。いつかは・・・と思っていたが、いたたまれず、落ち着こうとしても何もできなかった。
 不治の病とは恩師から直接聞いていた。最後の入院の前に今思えば、別れの遺言のような電話を頂いた。
「もう、弓を引くことも、道場に行くこともできん」
「若い者を正しい方向に導いて、引っ張っていってくれ」
「流派東方不敗は良い師匠が見つかったのだから、習ってきた弓を信じて、迷わず、王道を進み全国に通用する弓を引くように」
などなど、「そんな事を言わずに、また道場に来て教えて下さい」最後のやり取りになってしまった。そこまで深刻に受け入れていなかった。また、道場に来てくれるはず、と思い・・・。
 恩師が代表をしている間に
「月に一回は会員揃って和服で引こう」と道場内研修会がスタートできた。
「次世代の弓引きを育てよう」とこの道場で初めて、弓道教室ができた。流派東方不敗のわがままを庇護してくれて、開催までこぎつけ、教室には道具を用意して、毎回講師として指導してくれた。
「全国のセオリーを知ろう」流派東方不敗の師匠を道場にお招きして、講習会を開催できた。
何れも道場の力がアップするための、活性化するための取り組みで、流派東方不敗の先走った企画で反対意見が多かったが、矢面に立ってくれ実施を重ねてきた。
 「体がつらいから、代表を退く」という言葉を聞き、慰留したが「体が持たん」とのお言葉。これは本当だった・・・。
 流派東方不敗は恩師の指導をまだまだ理解できていません、受け継げてもいません。戴いたご恩返しもできていません。
 何もできないまま、恩師は旅立ってしまわれた。恩師の亡骸に「がんばります、見ててください」と誓えなかった。「ふがいなくて、申し訳ございません。安らかにお休みください」としか言えなかった・・・。
 次回からは追悼の意味も込めて、恩師と流派東方不敗のことを振り返ります。
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