恩師追悼の意を込めて今回から思い出を綴ります。

流派東方不敗と恩師の出会いは、恩師が顧問を勤める高校の弓道部に入門したことから始まります。
流派東方不敗の地区では中学から弓道部がある学校はありません。同じ中学から進学したクラスメイト3人で弓道部の門を叩きました。
 そこで恩師との出会いが始まりました。非常に恰幅の良い、今で言うメタボ体型でしたが、坊主頭でバシバシきつい言葉を投げかける怖~い先生でした。
  流派東方不敗の高校は進学校で(流派東方不敗は違いますがW)代々弓道部から東大進学者が出ている名門部活動?でした。
「部活動は、勉強のための気分転換で行うこと」「よって学校からは6時に下校すること」が高校の方針でした。
出来の悪い流派東方不敗は補修も受けていたので、練習時間が・・・
 そんな中、恩師の指導というか、我々に言い放ったのは、
「お前らどれだけ弓道の練習を一生懸命しても、弓道で飯は食えない」「練習時間も限られている。練習時間の豊富な学校とは勝負にならん」、だから
弓道の練習が終わったら、帰って勉強しろ!!、シケタン(試験に出る英単語)の一つでもやれ」 ということでした。
 その割には土日は朝から来て、朝から一日中練習を見ていてくれましたが。。。よく、先輩たちと軟式テニスボールで野球を楽しそうにしている姿が印象的でした。
 指導方法は、引いて解説を入れながら見せることでした。「ええか、お前らの真似をしたら下手くそになって、直すのに困るが、こうやって弓を引いている。ここが違う、ここをこうやって引いて、・・・」という指導方法でした。自由練習の時は生徒よりたくさん引いていたような気がします。でも、よく中ってたな~~~。
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2014.08.14 恩師の旅立ち
コーチから仕事中に電話が鳴った。普段、電話をしてくるのは勤務時間終了後なのに、嫌な予感がした。コーチに連絡すると、最悪の知らせだった。「流派東方不敗よ、恩師が亡くなったよ・・・」
目の前が真っ暗になった。いつかは・・・と思っていたが、いたたまれず、落ち着こうとしても何もできなかった。
 不治の病とは恩師から直接聞いていた。最後の入院の前に今思えば、別れの遺言のような電話を頂いた。
「もう、弓を引くことも、道場に行くこともできん」
「若い者を正しい方向に導いて、引っ張っていってくれ」
「流派東方不敗は良い師匠が見つかったのだから、習ってきた弓を信じて、迷わず、王道を進み全国に通用する弓を引くように」
などなど、「そんな事を言わずに、また道場に来て教えて下さい」最後のやり取りになってしまった。そこまで深刻に受け入れていなかった。また、道場に来てくれるはず、と思い・・・。
 恩師が代表をしている間に
「月に一回は会員揃って和服で引こう」と道場内研修会がスタートできた。
「次世代の弓引きを育てよう」とこの道場で初めて、弓道教室ができた。流派東方不敗のわがままを庇護してくれて、開催までこぎつけ、教室には道具を用意して、毎回講師として指導してくれた。
「全国のセオリーを知ろう」流派東方不敗の師匠を道場にお招きして、講習会を開催できた。
何れも道場の力がアップするための、活性化するための取り組みで、流派東方不敗の先走った企画で反対意見が多かったが、矢面に立ってくれ実施を重ねてきた。
 「体がつらいから、代表を退く」という言葉を聞き、慰留したが「体が持たん」とのお言葉。これは本当だった・・・。
 流派東方不敗は恩師の指導をまだまだ理解できていません、受け継げてもいません。戴いたご恩返しもできていません。
 何もできないまま、恩師は旅立ってしまわれた。恩師の亡骸に「がんばります、見ててください」と誓えなかった。「ふがいなくて、申し訳ございません。安らかにお休みください」としか言えなかった・・・。
 次回からは追悼の意味も込めて、恩師と流派東方不敗のことを振り返ります。
 師匠からの指導を受けて、どこまで本番で技術を再現できるか、現状の実力がどの位の評価なのか・・・、気になるところです。
 さて、暑いコンデションの中で予選会に挑む皆さんの弓は松永重宣がやたら多いです。やはり人気の弓ですね。流派東方不敗は肥後三郎と播磨竹禅の何れも合成弓をチョイスしました。矢はご禁制のイヌワシでした。
 慎重に気持ちを込めて引いたものの、4射1中。会も持つわけではなく、普通に1~2秒です。強い離れ、ジャストミートもできず、消化不良でした。
結果、代表には程遠い成績でした。ハッキリ言って対象外です。的中は勿論、会の長さも及第点には遠く及びません。
 何回、何時まで同じ事を繰り返すのでしょうか。何の進歩もない、覇気も無いまま試合に挑んでいても、無駄ですね。今できることは、会を持つこと、とりあえず、この課題を解決するほかありません。どうやったら、会って長くなるのでしょうね。
 そんな中、いつも練習しているMプロとS名人が全国出場を勝ち取りました。おめでとうございます
 流派東方不敗にその朗報はいつ届くのでしょうか・・・。
 流派東方不敗が年間のスケジュールで最重要試合に位置づけている、ものの一向に成果の出ない、全日本の予選会が開催されました。旧来の全日本ブロック大会の順位を参考に県代表選手を決めようとするものです。
 射技点0.6点・体配点0.3点・的中点0.1点の比率です。ですが、このところの順位付けを見ていますと、大体的中順に並んでします。流派東方不敗のように技術のない選手は的中が出ても、下位的中の選手の順位に負けてしまうことになりますが・・・
 この暑い中で苦慮するのは弓の選定です。流派東方不敗は秋後期から梅雨初期はニベ弓を使っています。が、流石に30度を超えるとニベ弓を格納し、合成弓を使わなくてはなりません。そう考えると、年中使える一翠は良いなぁ~。ニベ弓から合成弓にスイッチすると、どうしても目通り辺りから弓の硬さを感じてしまいます。会付近で詰まる漢字が強いのですね。それを嫌ってニベ弓を使うのも自殺行為ですし・・・。悩んでしまいます。
 それに加えて今年の矢羽根ご禁制問題、道具に課題が多い予選会となりました。