先生のお休みに合わせて、ありがたくも個人レッスンをしていただきました。「審査員席で見ているので、とりあえず審査の間合いで引いてみろ!」という訳で、気合を入れて入場。礼をして、一歩進むと「ちょっと待った」
 「ちょっと待った、礼がおかしい、いやそれ以前に執弓の姿勢がおかしい。」という訳で執弓の姿勢から指導です。次は歩き方、次は座り方。。。そして開き足本当に一動作づつご指導をいただきました。
 今はその理由が痛いほどわかりますけど、当時は「なぜ早く引かせてくれないいんだろう」って思いました。それだけ出来てなかったんですね、引くまでのことが・・・。結局朝九時から午前中では射位にたどり着けませんでした。
 午後になってようやっと念願の射位までたどり着きました。取り懸けにきて、「やっと弓が引ける」ほっとしました。結局この日は朝から夕方までで4本引いただけです。トホホ・・・な気持ちで道場を後にしました。
 何度かこのレッスンをいただきましたが、この経験は大変貴重なものになり、流派東方不敗の弓道で体配の根幹となっています。たった一日の練習で足袋は破れ、膝は擦り切れて出血していました。
 それだけ、基本的なことが出来ていなかったのです。そして、そんな技量の流派東方不敗に心血を注いでご指導をいただいた先生に感謝の使用もありません。
スポンサーサイト
指導者の旅立ちが続きましたので、追悼の意を込めて第二編を記します。地連で将来を嘱望されていた指導者が旅立たれました。まだお若いのに、残念です・・・。
 流派東方不敗との出会いは、その先生が巻藁で褌いっちょうで引かれていた時でしたので、どぎつい出会いでした。何でも全身の筋肉の動きが良く判るそうで・・・。
 剛弓を引かれ、技術の高さでとんでもない矢勢を出されていました。我々の地域の引き方とは若干違う感じでしたが、豪快で真正面から真っ正直に弓を引くスタイルに尊敬の念を覚えていたものです。
 流派東方不敗が以前この先生と他の教士七段の先生と3人で遠近競射をすることがあったのですが、控室から競射終了後まで、競射そっちのけで延々とご指導を頂いたものです。
 自分に厳しく立ち振る舞われており、それを元に流派東方不敗のような後輩にも厳しいスキの許されない指導をいただきました。そのご指導の一部を次回に紹介します・・・。