2009.03.20 世紀の矢取り2
 「あ~、これだから流派東方不敗は駄目なんだ」そんな声が聞こえてきそうな、第二介添予想。同じ道場の先輩に介添指南を受けました。所作全体の動きは覚えているが、礼の深さや、手の動きがぎこちない。
 「特に的前に言ってからの蹲踞の姿勢が駄目!片手指建礼で片手を地面につけるから、姿勢が余計悪く見えるので、片手をつけないように!」「ええ~、それでは膝と足首が持たないですが・・・。」片手指建礼が持つのは精々射手が肌脱ぎをするまで。無理ですよ!
 そのような、練習を経て、いざ本番へ!S名人より「連合会長は勘十郎弓引いてますよ。確か替弓も感受うろ弓のはず、弦音を楽しんでください!」その余裕があればですが、そうでした。勘十郎弓ユーザーが隣県には多いのです!
 朝、ご挨拶をしまして弓を確認するとやはり勘十郎弓です。しかも飴色の煤竹の弓が二張り。なんて贅沢だ!羨ましいぃ。
 いよいよ、矢渡の瞬間、心臓がドキドキします。とにかく射手より目立たないように、動きと呼吸を合わせて・・・。的前へ進み蹲踞し、片手指建礼へ、気合が入っていますので普段より持ちましたが、矢張り体重は支えきれず、右手は地面へ。膝と足首ががガクガクです。甲矢は的心近くへ、でかした!矢取りしやすいぞ!!所作を間違わないように・・・。乙矢滑走、う~ん、素人に難しいことをさせますね。
 滑走した矢は地元道場では「羽こぎするべきか、しないべきか」議論が分かれましたが結論が出ませんでした。当日は羽こぎしませんでした。結果的にはするべきであったようですが・・・。
 何とか無事第二介添の指名を終えましたら、隣県の会長様に「まあ、良く出来たんじゃないの」とまるで子供を諭すようにいわれました。県の代表者からは、「まあ・・・、いいんじゃないの??」と最大級の賛辞!!でした。
 ああ、良かった終わりましたよ。こんな経験ないに越したことはありません・・・。
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2009.03.17 世紀の矢取り
 流派東方不敗が属するブロックでは、毎年各県の代表が射礼の得点で順位を競う大会があります。その跡にプチ研修会があり、そこで指導を受けることができるのがメリットですが・・・。
 その選手に間違えて選ばれようなものなら、晒し者間違いなし!我が県に泥を塗ることになります。という理由で、選手が決まってから参加を申し込む姑息な作戦に打って出ました。 ( ̄ー ̄)vニヤリッ
 当日は人の射礼をのほほんと見学して、ご指導を受けようと思っていましたら、不幸の電話が!!
「流派東方不敗、当日お願いがあるんだけど」「射礼の代役はお断りです!!」「いやいやそうでなくてね、練習しといてね、第二介添、まだ日があるから!!」「第二介添の講習があるのですか?」「いやいや、矢渡を連合会長がするから、その第二介添だよ。相手はMさんだからね、打ち合わせしといてね」「ちょぉぉっと待ってください!」「じゃあ、がんばって!」
 「第二介添!しかもブロックの皆が見ている中で?」「射礼の方がましじゃん!、ああまた皆に駄目だしされるぅ~」
さ・い・あ・く!明日から「介添え」の練習だ。。。
 石膏の手型という、前代未聞のオーダーの話をはじめ、会話というより一方的に話を聞く状態が続きかれこれ1時間が過ぎました。その間、森茂夫弓の本揖を持ったまま、出されたお茶にも口を付けることもできず仕舞いです。
 最近の弓は28メートルを飛ばせば良し!見たいな弓が多くてね、本当は弓は層ではない。遠くへ飛ばす目的があるの。だから今流行っている弓の成りが本当とはいえないわ。昔はこうして本当にたくさんの成りがあったの、と古書のコピーを見せてくれました。江戸成り、紀州成り、薩摩成りは勿論、ありとあらゆる、見たことのない成りの弓がありました。そりゃあそうだ!戦国以来各藩の秘密事項であったはずだから・・・。
 で、あなたはどこの弓を引いているの?「柴田勘十郎、肥後三郎、永野一翠」です。女将が「??じゃあ、あなたはワークショップにいってるの?」いえいえ、流派東方不敗はライトユーザーなので、参加したいのは山々ですが、とてもとても・・・。「柴田さんの弓を使ってる方は結構ネットで情報をやり取りしてるからね」そうですね、私はともかく、すごい人が多いですね確かに・・・。
 「柴田さんの弓を使っている人はこちらでも結構いるけど、強い弓の人が多くて、森さんの弓を併用している人が結構いるわね、うちのお客さんにもいるわよ。」ええ、私は弱弓ですが、世の強弓引きの方は多いですね。そして、勘十郎弓と森茂夫弓、ユーザーが結構ダブっていますね。確かに。
 森茂夫弓、京の飛行機でもって帰るなら手渡し荷物かな、跡で送ってもらおうかな?とおばあちゃんと話しながら思い描いて・・・、えっ!!今何時だ!(゚Д゚)ハッ!うぉぉぉぉ~、帰りの飛行機の時間がぁ~。余裕を持ってきたはずなのにぃ~。
 というわけで、森茂夫弓を目前にしながら購入せず、帰りの帰途に着きました。でも、弓具の話だけでなく、射技の話が内容も濃く、為になる話しが多くて、考えさせられる訪問でした。う~ん、もっと勉強しなくちゃな。もっと練習しなくちゃあな。
 ずっと握り締めて温かくなった森茂夫弓、次に長谷川弓具を訪問するときは購入してみたいですね。でも、本業は矢師さんなんですから、まず矢からかな??
 「何でうちにきたの?」森茂夫の本揖をもって、弓の成りを見たり、しているとその質問が飛んできました。
 「同じ道場の先輩が石岡先生に学生時代教わり、こここのことも話していたので、見てみたかったんです」「え、石岡先生に教わった?どこで?いくつくらいの人?名前は?」「国学院大学で教わって、50代中盤ですが、”K”といいます。」「あ、そう、それなら石岡先生に習っているわね、ちょっとおばあちゃんに聞いてみましょう」
 しげしげと森茂夫弓を手に眺め、京成りと江戸成りって似てるんだんぁ~。これ買ったら約11万かぁ~、ニベにしては安いよな。ひき味はどうなんだろう、引いてみないとわからんし~。試してみたいな~。でもな~、今は我が弓艦隊はあふれているし。。。でも欲しいな~。と、購入について逡巡しました。
 そうすると、奥から小さな「おばあちゃん」が出てきました。「こんにちわ、あなた石岡先生に教わった人を知ってるの?」「ええ、同じ道場にいます。”K”といいます。」「ああ、その年ごろの人は石岡先生にしっかりと教わっているからね。あの”K”さんね。知ってるわ」女将に向かって、「あのKさんよ、四つカケを注文して手型を送ってきた!」???
 「なんだ?四つカケの手型を送っただけで有名人?」と思って聞いていると、おばあちゃんが「四つカケを注文するために、うちに電話がかかってきたの。あれこれ1時間くらい話して、注文することになって、手型を送ってくださいっていったらね、送ってきたのよ手型を。石膏で手の型をとった手型をね。手形を送るのにダンボールが届いたから、何かしらと思ったら、手型だったわ本当に・・・」・・・皆大爆笑でした。でもやりかねんな~、あの人なら、らしいなぁ~。「良くいろんな人から電話がかかってくるの、何故か射技の相談が多くてね、この間も電話で1時間も話して説明したのにのに、二日くらいたって手の内がわからないって、電話がかかってきてそんなに説明できるわけがないでしょう、最近は知識がない人が多くて駒ってしますわ。石岡先生のようにたくさん古書の類を調査研究したり、そういう人はなかなかいないわねぇ。みんな勉強不足よ。」
 ちょっと、待っててねとお茶を出された。その間に弓道書籍を見ていたら、「現代弓道と教歌」という本を見つけました。著者はあの「石岡久夫」先生です。この本は初めてです。石岡先生には同じ道場の先輩が学生時代に師事して非常に尊敬されています。石岡先生の射の写真や射法の解説など小冊子だが、非常に読み応えがあります。これはぜひゲットしよう。
                        0900220-1 002

 そうこうすると、奥から女将が弓を持って出てきた。「せっかくきたのだから、森茂夫の弓を見ていきなさい!」と23㌔のニベ弓を出してきてくれました。
 成りを見ると、変わっている!あえていえば、勘十郎弓から胴を抜いた感じで下が立ってるのは同じか?ただ弓が太い!!杢はきれいです。これが江戸成り?と思いながら見ていた。「肩入れしてもいいわよ」 えっ?本当ですか?うれしいなあ~。(*^-^*)ゞテヘヘ ではお言葉に甘えて・・・。やはりぐっと来るが、引けないことはないな。しか~し、この成りはこうなんだぁ~。側木を見ると清芳のように2本の黒いラインがあり、ニベ口なんだと思います。上下の関板が短く独特な、これまで見たことの内弓です。ああ、弓Mの血が騒ぐ。この弓を手にして「変わった弓を持ってるね」と言われたい。勘十郎弓とセットでもって、一般には手出しできない弓艦隊をそろえたら楽しいだろうな~、成りでどうのこうのといわれるんだろうな~。などと妄想を膨らませていました。
 女将が「何でうちの店に来たの?」実は・・・続く。