講習会では矢数はそう懸けませんから、現在の流派東方不敗にとって多少強い勘十郎弓でも何とかなるな。と思い講習会に参加しました。
 最初の一手礼射、ほぼ完璧“◎”で矢飛び、矢息、矢所とも今の自分の技量では最高の部類。。。なんで京都で出なかったか・・・。
 講師より、「もっと引ける」、「体に遠い」、「会が早い」など指導をいただきました。そしてなんと「弓が弱い」???(゚Д゚)ハァ?「技量が弓に合っていない!もっと強い弓を使いなさい」(;゚д゚)ポカーン「あのう、自分の持っている弓の中では一番強いのですが・・・」と言える訳もなく・・・。確かにこの講習会では勘十郎弓がやたら引きやすい。本当に気持ちよく引けていました。適度な緊張がアドレナリンを噴出しているのか、と思っていました。
 別の講師からも「弓が弱すぎる!!貸してご覧なさい」と高齢の女性講師があっさり素引きし、「私が若い頃にはこれくらいは引いていましたよ!」ガ━━(゚Д゚;)━━ン!「あなたくらいなら25キロは引かないと、それくらい引きなさい!道理で楽そうに引いているはずだわ」
 _| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○そうですか・・・。こんなに無理して持ってきた勘十郎弓を「弱い」と・・・。「まだまだ強い弓を引け」と・・・。左様でございますか・・・。 更に追い討ちをかけるようにもう一人の講師から「無争カケを使っているのに(当時)そんな弱弓ではカケ師がなくぞお~。」う~ん、そうですか、そんなに弱弓ですか、そんなに余裕を持って引いていますか。僕は勘十郎弓を弓力のフラッグシップにしようと思っていたのですがね。
 でも、確かに引きこなせているし、引きやすいが、それは勘十郎弓だからではないか??他の弓でもこの弓力の弓が引けるのか??そうなるとこの勘十郎弓をベースにこれ以上の弓力を求めなくてはならないのか?最低でもこの弓は当たり前のように引いていなくてはならないのか・・・。



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 意気揚々と来年に向けて京都を後にしましたが、後日の弓道誌で来年から会場を変更するとなっている。以前書いたが、なんともう清寧館では引けないのか??すでに要綱では「京都市勧業館」で5射場開催となっている。○| ̄|_5月2日が教士、範士で5月3日が有段者と錬士。正直言って僕は別にその体育館で弓を引くために万障お繰り合わせてGWの人ごみの中、わざわざ京都まで行って弓を引きたいわけではないのですが・・・。(準備・運営する人には悪いですが)ああ、清寧館ではもう引けないのか(´・ω・`) ショボーン
 清寧館という所で弓を引けることに物凄く意味があるわけで、体育館で引くのだったら別に京都に行かなくても、都城に行ったほうがいいなぁ~。何とかして欲しいなぁ~。3年はこのままらしい ○| ̄|_

 さて、そんな失意の中、帰宅すると間も無く県連から連絡があり、近く開催されるブロックの指導者講習会に参加しろとのこと。私が“指導者”(゚Д゚)ハァ?もっと適任者はいるだろうに・・・。しかしまたとないチャンスなので、二つ返事でOKしました。後のことも考えず。講習会だからあまり矢数もかけないし、弓力の強い勘十郎弓でも十分何とかなるなぁ~。
 よおし、勘十郎弓出撃だ!!
 
 勘十郎弓店コラボ出店の店内で麻弦のレクチャーも受け、「できるだけ細めを使ってください」「細い弦で矢をかっ飛ばすのは、引いていて気持ちいいでしょう」なるほど、そしてそこに矢勢のいい弓が揃うと後は射手だけだな・・・。そういう主旨で勘十郎弓は存在すると考えると正解かな。
 しかし、勘十郎弓店にはなぞの人の出入りが多い。大きな人が店舗を仕切っていたのだが、この人盛んに「弓を烏帽子にする」とのたまっている。「烏帽子?あの帽子みたいなの?」「意味が分からん・・・」と思っていると後で某ブログで発見・・・。ほぉ~、末ハズがこんな形になるのか。彼も勘十郎弓の熱烈な支持者らしい・・・。でも、気持ちは分かりますね。勘十郎弓購入後のアフターサービスというか弓の取り扱いのアドバイス、非常に助かります。そして弓師から直接お話を聞けることがなかなかない我々にとって本当にありがたい存在です。
 そういう弓師でありながら、その作品を使うと「次は煤竹の弓にしてみようかな?」とか、「ニベはどうなんだろうか?」など次々と考えてしまいます。こうして悪の道に(笑)もとい、勘十郎弓にはまっていくのでしょうか。
 全日本弓道大会の演武は不本意でしたが、「来年も清寧館で勘十郎弓のリベンジだ!!」と思い、京都を後にしたのでした」
 いよいよ、有段者の部当日です。有段者の部に出場する選手とは違った意味で緊張している流派東方不敗でした。一緒に行っている仲間は今回は5段のみ、出場は遅め・・・。
 同じ件の若者が4段でたくさん出場している。昔はわが県全員で5人とかいう時代もあり、うそのようだ。若武者も半分以上演武を通過し、競技へ進んだようだ、素晴しい。
 さて、勘十郎弓に弦をかけ、1時間ほど待つ。京都の湿度のある暑さが気になるが、勘十郎弓の地元だし心配ないか・・・。落ち着いたところで、いつもの勘十郎弓店に向かう。今年もあの、キャンプ用のいすにどっかと座っているのだろうか?
 3軒の弓具店を過ぎ、いつもの勘十郎店に???鷲見弓具?あれ?見慣れない店主と女性、それからでっかい男性の構成。ん~~??よ~~く見ると勘十郎師がいた。なんとコラボ出店だったのか・・・。
 「あ、いらっしゃい流派東方不敗さん」「どうですか、弓の調子は?」流派東方不敗は昨年10月に購入後、数々の苦難と喜びの日が走馬灯のように巡りながら、万感の思いを込めて、弓の父勘十郎師に勘十郎弓を渡しました・・・って、あっさり渡したんですけど。
 勘十郎師「うん、いいですね、上手く行っています」( ´ー`)フゥー... 。「問題ないです」
(゚∀゚)アヒャ アヒャヒャ よかった~。「何か気になることはないですか、そうそう裏反りがなくなったって言われていましたね。」「そんなときは、こうしてここを押してやってください」弦を外し、外竹側から弓を押すことしばし、「おお、裏反りが戻った」「これでいいと思いますよ、このまま行ってください」「わっかりました~」( ̄ー ̄)vニヤリッ
 試合が終わった後のウィンドウショッピングはなかなか楽しい。試合での失意を買い物でごまかしているという説もあるが・・・。弓具店のない田舎では、なかなか見られない品物がたくさんあります。
 弓でも普段見ない銘柄もある「松永宣斎」?知らないが、どうやら松永重宣師の上作ニベかな?一翠の四宝竹・・初めてみたし、これは萬義だな。カケも「三慶」?え?カケ師はお亡くなりなったのでは?おお、雲仙弦が5本組みでおいてある、買っておこう・・・などなど、1日中見ていて飽きない。
 試合終了後、師匠を囲んで夕食。審判員を務められているため8時過ぎになってしまいます。いつもこのときはいろいろと弓道全般にわたったお話を頂き師匠に感謝しています。いろんな話をして、そう、「元気」をもらっています、お年寄りから・・・。このような弓界の集いはあちこちで行われているようです、何だか弓道ディって感じでしょうか。
 いよいよ、明日は有段者の部、することがない私は勘十郎師ブースを訪れ、弓を見ていただこう。仮免合格なるかしら・・・。「駄目ですよ、この使い方じゃあ~」っていわれたらどうしよう・・・。勘十郎師との半年振りの再会は不安でもあり、楽しみでもあります。
 
 失意の演武が終了し、ぐずぐず着替えをして動き易い格好になりました。さて、今年も有名人の射を見よう。何と言っても「無争カケ」製作者岡崎範士、う~ん会が長い・・・15秒くらいか、一体何キロの弓なんだろうか・・・。高速離れの吉本範士離れのスピードが速い。それから飯島範士、中塚範士などそうそうたる面々が一同に会しその射を見られるのは京都大会ならでは・・・。師匠の射も拝見し、一通り見終わったので道具選びに・・・。
 今回はS名人の矢を購入にお付き合い。4つ矢を探していたのですが、6つ矢しか在りませんでした。もちろん、高額商品は4つ矢もしくは一手ですが。4つ矢で8万円程度の尾羽の矢がない。S名人に「限界いくらまで出せるの?」「9万が限界位・・・」「う~ん、今回はあきらめようか・・・」
 「そうだ!!、弓もカケも値引きしてくれるんだから矢も値引きはあるはず・・・」 (σ゚∀゚)σ となると10万程度の矢を値引き交渉する価値はあるな・・・。3組ほど候補の矢を選び、第一候補10万5千円の矢から値引き交渉。「気に入ったのだけどいくらになります?」交渉の末8万5千円になりました。S名人も満足し、財布を取り出そうとしていたら、いつの間にか後ろにきていたIセミプロが「もう一声!!」「分かりましたじゃあ8万で」(・∀・)イイ!! S名人の恍惚とした満足の表情は忘れられません。
 流派東方不敗は勘十郎弓とは別に22キロの弓を探していたのですが、結局適当なものがなく、断念しました。来年にしようかな・・・。
全日本弓道大会がいよいよ、始まりました。
受付で古ぼけたゼッケンをもらい、古ぼけたゼッケンにも歴史を感じます、勝手にだけど。
 立順を見る、さて、どちらの射場かしら・・・。たくさんの名前から自分を探す。あった、え??第二道場??なんだ~、まだ第一道場で引くには早いってか?○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_ 折角第一道場の練習までしてきたのに!!。失意の中、呼び出しに応じる。
 そして、我々の入場。あれ、?審判員席に委員長がいない。つまらんから退いたのかな?
良く見ると出口のほうに座っておいでた。後で理由を聞くと狭いため、大前が末ハズで机をたたくから退いていたらしい。
 ようやくたどり着いた、清寧館、そして感激も6割引くらいの第二道場・・・。勘十郎弓の試合デビューだ!!気を整え感動の甲矢を慎重に引く、そうそう矢勢がいいからちょっと抑え気味に・・・。「がちっ!4時だ!しまった押さえすぎたか?」でけりだし×( ̄□ ̄;)!!ガーン !一気にやる気を失う・・・。京都大会は最初の一手が演武で演武皆中者が試合に進めます。つまり、流派東方不敗は演武で終わり・・・。
 ものすごい失意のなか乙矢、また同じところへ今度は○、でも消化試合、せめてもの救いはいつも以上に勘十郎弓が鳴いてくれたこと、そして無理なく引きこなせ、素晴しい矢勢を見せてくれたこと。あんなにも練習した京都大会もあっさり、しかもはかなく終わってしまった・・・。普段どおり引くのはとても難しい・・・。今までの華やかさが一転色あせていく瞬間でした。
 後は、範士の先生の射を勉強する。何人か特に見ておきたい範士がいらっしゃるので目を皿のようにして見学する。夕方まで時間が余りすぎだな~~。京都大会の3つの楽しみ①自分が引く②有名人の射を見る③弓具屋まわり・・・その弓具屋周りをしよう。そうそうS名人は今回竹矢を購入する予定だ、それについて回ろう。
 勘十郎弓に矢数をかけ、暖かくなると共に弓の強さも気にならなくなり、いよいよ、京都大会が近づいて来ました。ある日、勘十郎弓を仕舞っていると???裏ぞりがやけに減った気がする・・・。う~ん5センチくらい。早速不安に思い勘十郎師にメール。
 レスポンス良く返事が返ってきた。今度京都でお会いするときに見てみましょう。ありがとうございます。何だか仮免許の試験みたいで見せるのが恥ずかしいし、気後れするな~。そこで駄目出し食らったらどうしよう・・・。
 そんなこんなでいよいよ京都大会にやってきました。弓仲間二人と仕事が終わってから、「いざ上洛!!}夜中に京都に着き、時間をつぶしいよいよ御所へ。たまたま駐車場で師匠会う。1年間のご無沙汰で深々と挨拶。私にとっては弓道の神様です。一緒に弓道界の最高幹部もいましたので、一緒に清寧館入り。う~ん、皆がコメツキバッタのようにぺこぺこしてくれるぞ(あんたにじゃないってば!!)今年は控え室が使えず、やけに狭い。おお、隣は弓道誌でみた有名人ではないか・・・。
 清寧館での開会式に初参加。とりあえず、師匠の横にこっそり立っておく。東北の某範士となにやらお話しているのを横で適当に相槌を打ちながら聞いておく。
 鈴木会長の矢渡がありました。一緒に行っていたS名人は流派東方不敗の兄弟子の後ろにいたらしい。矢渡で使っていた鷹の羽根の話を矢渡の間していたのを聞いたらしい。「あの鷹の斑は、詰まっているから寒い地方の鷹だね」とのこと。ほぉ~、そうなんだ、私ら一般人は鷲羽根くらいしか知りません・・・。・・・つづく。
 全日本弓道大会で勘十郎弓の公式戦デビューをすることは決めました。しかし、思ったよりも強い、そして活きのいい弓をどう慣らして行くか?楽しみでもあり、不安でもあります。そしてこの大会には勘十郎師はブースを構えています。つまりは里帰りのチャンス!!今のこの弓の育ち具合を見てもらわねば・・・。
 暖かくなるに連れて、体も動き始め、弓力にも慣れてきました。そして1日20射程度懸けれるようになりました。それ以上は箱入り息子なので使いません。毎日、和服を着て本番さながらに坐射をして、清寧館を意識した体配を行っ て気分も盛り上げていきます。
 勘十郎弓も私の技量でも随分鳴いてくれるようになり、安心して引けるようになって来ました。冴えた弓と冴えた弦音鋭い矢勢、う~~ん。高度な弓引き・・・(爆)
 そうそう、勘十郎師にも訪問を打診しておこう。返事が返ってきた。どうやら「使っている麻弦を持って来たら」アドバイスが受けれるようだ、楽しみと弓の育ち方が間違っていないのかな~~、不安・・・。
 そうこうしているうちに某弓道掲示板では大きな問題が勘十郎弓を中心に持ち上がっていたのです・・・。そう、「竹弓を拭くべきか否か!」というネタです。詳細は掲示板を参考いただいくとして書きませんが、当然私も拭いていましたよ・・・これまで。だって信じてたもん、うちの道場でも弓に知識がある人ほど拭いていました。ところが、拭く必要はないとのこと。勘十郎師に聞いてみてもやはり拭く必要はないらしい。ということで拭くのは辞めました。但し、弓が汚れないようにせんといかんですけどね(当たり前か・・・。)
 しかし、このネタでも勘十郎弓ユーザーは熱かったですね~~。ミツバチの巣に攻撃をかけるスズメバチのよう(失礼)それだけの思いを勘十郎弓に持っているのですね。